2008-10-29 22:57:25
日が暮れるのも早くなって、仕事から帰るときは真っ暗になってしまった。もう少しすると仕事に出るときも真っ暗になってしまう。私は日の光が嫌いなので、大歓迎だ。真冬の寒い夜を歩くのが実は好きだったりする。尤も、北国で暮らしたことがないので、そんなに寒い夜でもない。雪が積もった夜道は苦手だ。
よくある話だが、夜中にかつかつと靴の音を響かせて歩いているときに若い女性を追い越しそうになって、もう少しで追い越せそうになった瞬間に走り出して逃げて行かれるのが困る。そのまま走り去ってしまえばいいのだが、また追いついてしまってまた走り出してまた追いついてしまってまた走り出してを繰り返していると、まるで後を追いかけているような感じになってしまう。心の中で頼むから追い越させてくれと叫んでも無駄である。走って追い抜きたい衝動に駆られるが、犯罪者と間違えられると大変なので、きっとみんな我慢しているのだろう。
怖い気持ちもわからないではない。イギリスの有名な怪奇小説作家E・F・ベンスンの作品に「跫音」(原題The Step)というのがあって、真夜中に跫音に追われる描写がしみじみ怖い。あれを読んだらもう逃げ出さずにはいられまい。結末はちょっと面白いのだけど、跫音を気にしながら歩くところ怖いのだ。私はいつも追いつく方なので、跫音に追われる恐怖を味わうことはほとんどない。
真夜中の道で怖い思いをしたことがある。一月か二月の夜に最寄り駅まで行く電車の最終に乗り遅れて、三つほど手前の駅で降り、二時間ほどとぼとぼ歩いて帰宅していたときのこと。数年ぶりに帰省したときのことで、道もよく覚えていなくて、前にも後ろにも誰も人影のない道を白い息を吐きながら一人で歩いて、ようやく家の近くまで来てほっとしたときのことだった。前方から若い男が自転車に乗ってやってきた。その辺りは田圃の中の一本道で夜中の二時に自転車で走るようなところではない。かなりの速度でじっとこちらを見ながら走ってくる。この頃、若い男が自転車から斬りつけて走り去っていく事件が新聞によく載っているではないか。そんな奴だったらどうしよう。
びくびくしながら歩いていくと、男は真っ直ぐこちらに向かってくる。白っぽいジャンパーを身に着けているから、よく見える。どんどんどんどん近づいてくる。このままではぶつかる! ナイフで刺されるのか、鈍器で殴られるのか、痛いのは嫌だなあと思っていると、自転車は急ブレーキをかけて私の行く手を遮るように止まった。はっきりいって私は腕に自信はない。若者と戦えば負けるだろう。でも、決して強そうな男ではなかった。あと100メートルくらいで家なのに。ここで死ぬのは嫌だ。機先を制して鼻でも殴って相手が怯んだ隙に走って逃げたら可能性はあるだろうか。そんなことを考えながら、身構えていると、若い男が云った。
「駅に行くのはこの道でいいんですか」
こいつは深夜の二時に道も解らずに自転車で走っていたのか。それとも、迷子になったらから二時まで走っているのか。
「○○駅ならこの方向でいいんだけど、一本道じゃないからちょっとわかりにくいかも知れませんね」と答えると、意外に丁寧な感じで「そうですか、ありがとうございました」と礼を云って走り去っていった。
まあ、それだけの話なんですけどね。