2008-11-02 14:31:15
マウスを右手で使えない。十分くらい使っているともう手の甲から肘の方へかけて、激痛が走るようになる。もう五年くらいになるだろうか。いや、もっとかも知れない。左手を使うことにした。痛いのは右手である。左手は右手がマウスを動かしクリックしている間のんびり休んでいるだけではないか。日頃、利き手は忙しい。字を書いたり、箸を使ったり、鋏を使ったり、券売機に硬貨を入れたり、改札で乗車券を突っ込んだりかざしたり(当時はかざしたりする券はなかったけど)、とにかく忙しい。マウスくらい左手に担当させてもいいではないか。
慣れないマウスを使って左手は苦しんだ。三十年以上も右手に何でも任せた生活を送ってきたのに、いきなりマウスを使えと命じられても左手は戸惑うばかり。ダブルクリックを失敗して、怒鳴られる毎日である。夜中、皆が寝静まってから、布団の中で一人静かに涙を流す日々が続いた。
それでも次第に左手もマウスの扱いになれてきた。やればできるのだ。やがて、マウスがトラックボールになり、もっと仕事は楽になった。移動しなくていいので体力のない左手にも負担にならなかったのだ。いつの間にか右手よりもトラックボールの扱いは上手くなった。それ以来よく「おや、左利きですか」と云われるようになった。
そんな平和な日々にも終わりがやってきた。肩凝りである。これは右も左も等しく襲ってきた。肩を使わずにトラックボールを動かせないものか。我らを助けてくれる者はいないのかと、右手と左手は初めて等しい立場で涙を流し、運命を呪った。
ある時、バッハのオルガン曲を弾くオルガン奏者の映像を観ているときに、左手が云った。いや、私が云った。足があるじゃないか。両手がキーを必死になって叩き、左手がトラックボールを操作するあいだ、両足は退屈そうじゃないか。少しは働き給え。あのオルガニストのように、両手が仕事をしている間、足も働くべきではないか。
トラックボールをもう一つ買った。私のMacにはKENSINGTON 64327 Orbit Opticalが二つ繋がっている。いや、今は一つだけど。これは光学式でボールが軽く体力のない左手でも軽々扱えるし、何より左右対称なのがいい。この頃、右手専用のトラックボールやマウスが多いのが不愉快だ。足用も左右対称がいい。左足よりも右足の方が細かい動きは得意そうなので、右足親指でボールを回し、左足親指でクリックすることにした。毎日毎日練習した。しかし、遅い。クリックは間違える。ドラッグはどうしても習得できない。失望した。足の不器用さに失望した。しかも、足は重いので、しばらくパソコンを使っていると息が切れるくらい疲れてしまう。こんなに力を使う仕事は嫌だ。今でも足用に買ったトラックボールはPowerMac G5に繋がったまま埃をかぶっている。
オルガン奏者はすごいとつくづく感じた。