2009-07-11 13:40:53
私は昔から名刺が嫌いだった。理由はよく判らないが、何か胡散臭い。最初の挨拶とともに名刺を交換するから、お互いに水飲み鳥みたいにへこへこお辞儀をしながら渡したり受け取ったりすることになるわけで、その姿が滑稽でならなかった。あんなものを使う大人にはなりたくないと思っていた。大学院まで進んだので就職するのは遅く、日本で給料を貰うようになったのは30過ぎてからである。さらに、会社勤めではなく、大学勤務だとそんなに名刺を使わない。とはいうものの、名刺を渡されてときに、自分はないからと毎回云うのも気まずいのでやがて作るようにはなった。それでも、年に5枚くらいしか使わなかった。
就職して間もない頃、同じ大学出身の人が同窓会名簿かなにかで連絡先を見つけて勤務先に突然やって来て、妙なものを売り込み始めた。どう考えてもあり得ないようなものだったので、私はそういうものを選ぶ立場にいないこと、専門が違うから善し悪しは判らないことなどを伝えると怒り出して、そんなことは知っている、職場の同僚や上司に訊いてくれと云っているんだと主張した。君は同窓の者にそういう態度をとるのかね、もちろん、出身大学なんて自分は一切関係ないという考えの人もいるだろう、そういう考えの持ち主なのかねとひとしきり偉そうに喋った後に、ところで名刺は持っていないのか、私は渡したのに君のは貰えないのかと云うので、名刺なんか持っていない、研究者はあまり名刺を使わないのだと答えてみた。どうやって人の名前や所属を覚えるのかと云うから、まともな研究者なら論文がたくさん出るから、そこに書いてあると出鱈目を云ってごまかした。
そんなわけで、名刺というとときどきそいつのことを思い出して、不愉快な気分になることがある。
名刺なんてやがて廃れるだろうと思っていたが、全然その気配もない。困ったものである。子供の頃、欧米には名刺はないと聞いていたのだが、どうやら次第に名刺が普及してきたらしく、世界中に名刺という悪習が広まってしまったようなのだ。尤も、欧米ではあんなへこへこしながら交換したりはしないけれども。別れ際に、そうそう連絡先はここだからねという感じで軽く手渡す(ような気がする)。
先日、名刺嫌いの人が書いたと思しき「名刺を廃絶しよう運動でY CombinatorがBumpにシード資金を提供, すでにユーザ数94万」という記事を見つけた。こいつを使って、名刺交換と同様に互いの情報(名前、所属、連絡先など)を交換できるという画期的なアプリケーションである。今のところ、ネット接続しているiPhone/iPod touch同士でないと使えないので、なかなか厳しい状況だろうが、今後こういうのが普及していくことを心から願っている。名刺なんてすぐに紛失してしまうけれども、これなら検索もできるから安心である。早速ダウンロードしてみた。日本語の入力も問題ない。スクリーンショットを掲げると私の名前や住所・連絡先が全部公表されてしまうので差し控え、Bump Technologiesの紹介動画を貼っておこう。
このアプリケーションは、iPhone/iPod touchの位置情報検出機能を使って交換相手の候補を画面出すらしい。だから、相手も同じアプリケーションを起動していることが条件になるものの、相手のメールアドレスとか、電話番号を知らなくてもいいわけだ。そういうデータを交換するために使いたいのだから、当然その手の情報はまだ入っていないに決まっている。なかなかよく考えていて、面白い。アメリカ人の名刺と云えば、映画『アメリカン・サイコ』の名刺自慢の場面が頭に浮かぶ人も多いかも知れない。これも名刺なんか交換しているとろくなことにならないことを示していると云ってもいいだろう。その場面は、YouTubeで観ることができる。うっかり綺麗な名刺を作って殺されないためにも、データ交換で済ませたいと常々思っているのだ。