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Jan 08, 2013

MacOSXでpdftops

ポスト @ 18:17:16 | MacOSX

 pdfファイルをepsにするときに便利なのが、XPDFに含まれているpdftopsである。XPDFのダウンロードサイトからソースファイルをもらってきて、展開後、./configure → make → make install でコンパイルとインストールが完了する。そして、日本語のLanguage Support Packagesもダウンロードして展開後、/usr/local/share/xpdf/japanese以下に中身をそっくりいれる。これだけだが、xpdfそのものは使えない。別に要らないと思うが。pdftotextとかpdftopsが使いたいという人がほとんどだろうし。

 使うときは

pdftops -eps xxx.pdf xxx.eps
でいいのだが、
Syntax Error: Unknown character collection 'Adobe-Japan1'
というエラー表示が出てくることがある。これが出てもepsファイルはできていた。でも、このままでいいのかどうか不安になるので、~/.xpdfrc というファイルを作り、以下のように記す。
cidToUnicode    Adobe-Japan1    /usr/local/share/xpdf/japanese/Adobe-Japan1.cidToUnicode
unicodeMap      ISO-2022-JP     /usr/local/share/xpdf/japanese/ISO-2022-JP.unicodeMap
unicodeMap      EUC-JP          /usr/local/share/xpdf/japanese/EUC-JP.unicodeMap
unicodeMap      Shift-JIS       /usr/local/share/xpdf/japanese/Shift-JIS.unicodeMap
cMapDir         Adobe-Japan1    /usr/local/share/xpdf/japanese/CMap
toUnicodeDir                    /usr/local/share/xpdf/japanese/CMap
 これでエラーは出なくなった。ReadMeファイルを読めばそう書いてあるのだが、いつも読まずに済ませて狼狽えるので、ここに書き残しておく。こうやっても、これも読まずに狼狽えることがほとんどではあるのだが……

Jan 03, 2013

MacOSX LionでWebDAV

ポスト @ 15:21:22 | MacOSX

 古くなって妻が使わなくなったMac miniを自宅用サーバにしようと思った。Dell T100もあるのだが、音がうるさい。Mac miniは静かである。

 インストール用ディスクでSnow Leopardをインストールしたのち、AppStoreで前に購入したLionを使ってアップグレード。このMac miniが対応できるのはここまで。Mountain Lionには対応していないのだ。IPアドレスは固定で設定。環境設定でScreen SharingとRemote Loginをオンにして、一旦終了。キーボードもマウスもモニターも外して隣の部屋に持っていって、LANケーブルでAirMac Extremeに接続して起動。もちろん、本体を見ていても何もできない。

 先ほど設定したIPアドレスで画面共有して操作。SSHで入ってもいい。Web Sharingをオンにすれば、WebServer(Apache)も起動する。FileSharingもオンにしてAFPでファイル共有もできるようにした。

 さて、WebDAVである。外からファイルを保存したり読み出したりするときに使おうという目的だ。前にUbuntuでは使っていたのだが、MacOSで設定するのは初めて。ここに記録しておく。

 ほぼ、プラスα空間(跡地):LionをWebDAVサーバにする(Digest認証対応)をそのまま参照にしただけ……でもないのだが、以下の記載はまあそんな感じかも。

 WebDAV専用ディレクトリは、/Library/WebServer/WebDAVとした。Lock用ファイルを収納するところを/Library/WebServer/lockとした。所有者をwww:wwwに設定。次に、/etc/apache2/httpd.confを開いて、

#Include /private/etc/apache2/extra/httpd-dav.conf
の#を外す。ServerNameに自分が使っているドメイン名を記入。

 /etc/apache2/extra/httpd-dav.confを開いて、次のようにした。

DavLockDB "/Library/WebServer/lock/DavLock"
Alias /dav/ "/Library/WebServer/WebDAV/"
<Directory "/Library/WebServer/WebDAV">
    Dav On
    AllowOverride AuthConfig
    Order Deny,Allow
    Allow from all
    Options Indexes FollowSymLinks MultiViews
    AuthType Digest
    AuthName "WebDAV"
    AuthUserFile "/XXX/.htdigest"
    AuthGroupFile   /dev/null
    require valid-user
</Directory>
 Digest認証のユーザとパスワードの設定は通常の手順で。時間がかかったのは、Allow from allにしないと認証画面が現れずにエラーが出て接続できなかったところ。アドレスと認証の両方の許可がともにクリアされなければアクセスできないので、こう書いたからといって無条件でアクセスできるわけではない。

Jan 03, 2013

兎もも肉の白ワイン煮

ポスト @ 11:12:32 | 料理

 兎もも肉を買ったので白ワイン煮を作ってみた。自分用の覚書なので、何もかも不正確です。

 冷凍の兎もも肉二本入りを入手。1000円くらいだったか。よく覚えていない。重量も覚えていない。鍋に入れて、300 mLの白ワインで煮る。アルコールがとんだ頃、玉葱を二個、皮を剝いてそれぞれ四分割したもの、セロリを切ったのを適量、大蒜を数個適当に切ったものを入れて煮る。ローリエの葉を1〜2枚とタイムを適量追加して、水を足して沸騰するまで加熱。兎肉にはあまりこくがないという話を読んだので、先日鴨を一羽丸ごと焼いたときにたまった油を冷凍保存しておいた塊を砕いて適量加えてから、保温鍋に入れて一晩待つ。翌朝再加熱して保温鍋に戻す。このとき塩を小さじ1/2くらい入れた。夜になってもう一度加熱して少し水分を飛ばしてこのましい水分量にまで濃縮して器に移して食べた。

兎肉もも肉の白ワイン煮

 何もかも適量で何だか判らない。一般的にはニンジンを入れるといいと思うが私は嫌いだから入れない。セロリは溶けてしまってもう見えない。玉葱も溶けかかっている。兎肉は柔らかくつついただけで骨かが剥がれる。美味い。多分、兎肉の白ワイン煮としてはかなり美味い部類に入ると思うのだ。以前、一度だけレストランで兎肉の白ワイン煮を食べたことがあるのだが、それに匹敵する美味さ。野菜と一緒に24時間くらい煮込めば大抵の肉は美味くなると思っているからそんなに驚かないが。

 美味いのだが、鶏の胸肉と云われても信じてしまいそうな味である。だから、鶏肉で作っても同じくらい美味い白ワイン煮が作れそうな気がする。そしてもっと安価に。だから、もう自分や家族が食べるために作ることはなさそうな予感。人を呼んだときに話題作りとして供することはあるかも知れないけど。

Dec 30, 2012

久しぶりにカーサ中目黒のことなど

ポスト @ 15:57:37 | 梵寿綱

 梵先生の案内で梵寿綱建築巡りをしてから、自分が住むこのカーサ中目黒についても少し写真を整理してみようと思った。もちろん、カーサ中目黒も梵寿綱建築の一つである。梵寿綱を名乗る前なので「梵寿綱以前」という分類になるが。

 最近、二階バルコニーの防水工事などあって、少し様子が変わった。これが2012年12月のカーサ中目黒正面である。

 こちらが2010年4月の様子。日時計の右下の宿根朝顔がなくなっているのが見て取れる。

 以前は4階から見下ろすと朝顔がこんなふうに咲き乱れていたのだ。2010年7月の写真である。

 タイルの床が少し見える写真。一角が花壇のようになって植物がいろいろ植えられていた。どのように土が入っているのかは上からは見ても判らない。

 この下が駐車場になっているのだが、雨漏りが激しく、天井の塗装が剥がれ落ち、このままでは鉄骨も錆びてしまうということで、防水処理をやり直すことになったのである。残念ながらタイルは残せなかった。

 防水工事の途中。花壇の一角にはタイルがなかったのが見える。梵先生に、この一角の花壇はどんなふうになっているのかとお訊ねしたところ、全然覚えていないなあということであった。

 処理が進んで真っ白になる。まあ、この建物の外壁が白なので、まあ調和していると云えるだろう。ここは理事会や総会で改修工事の提案があっても、建物の雰囲気が変わる工事はすぐに却下されてしまうのだ。

 上が一回目の塗装の後。下が完了後。処理後数日経っているのでもう少し汚れている。

 大規模な照明修繕工事が二年ほど前にあった。入口から階段を上がると中庭の手前に天使像があるのだが、これが照明装置だと知る人は住人にもほとんどいなかった。下の写真の右下の照明も切れていたような気がする。

 金属部分も掃除して、電気系統も修理して、天使が明かりをともしてくれるようになった。

 夜の天使。奥に見える照明もついている。

 ついでに二階通路天井の照明。

 天使が明かりを持っていなかった頃の中庭。

 朝顔がたくさん咲いていた頃の様子。

 正面の門から階段を見上げたところ。

 階段を上がって進んでから後ろを振り返るとこんな様子。夜の姿。

 この通路の下にも別の通路がある。夜の通路の様子を撮ってみた。

 ここの照明の電球がすぐに切れて困っていたのだが、修理してLEDに変更してから安定している。少し光量は下がったが、蠟燭型の照明の雰囲気は保たれた。最初は、蠟燭のように揺らめく照明だったという話も聞いた。

 反対向きの写真。これを上がると中庭である。天使の下に出る。

 この通路の突き当たりに不思議な窪みがある。二つ上の写真の突き当たりである。

 何のためのかはよく判らない。以前、このマンションと道路を隔てて反対側にあるマンションに芸能人が住んでいて、その追っかけの少女がここに潜んでいたことがあるらしい。

 この窪みの上に何やら文字が。CREDO QUIA ABSURDUMと書いてある。ラテン語で、「不合理ゆえに吾信ず」という意味らしい。

 この窪みの横にある壁画。

 これはただのガラスブロックだが、梵寿綱建築でよく見られるものなので、写真を撮ってみた。

 これもときどき見られるチューブ状の何か。

 梵先生のFacebookページを見ると、このカーサ中目黒の古い写真も見ることができて、比較してみるといろいろ面白い。


Dec 28, 2012

梵先生の案内で梵寿綱巡り(12)

ポスト @ 22:04:57 | 梵寿綱

 もうこのシリーズも少し飽きてきたので今日で終わらせよう。二階の廊下の突き当たり付近の(といってもよく判らないが)窓から外を見ると、南国風の絵が見えた。

 エレベータ前の照明(二階)。

 娯楽室(TVのあるところ)が食堂の手前にある。その天井近くの写真を三枚。食堂には入居者の方々が大勢集まっていたので写真はない。エレベータや防火扉の表面には見事な絵が彫られているのだが、それも写真にうまく写せないないの記録は残っていない。仕方がない。

 そして屋上へ。ちょっと寒い。霊安室の方を見下ろす。

 食堂棟の方を見下ろす。

 鸛(コウノトリ)を見下ろす。

 エレベータで上って来たが、階段で降りる。階段の天井。

 階段の段。安い木材で平らな一枚板がとれないから、それを模様にして装飾を施したとか。

 階段を下まで降りて、お終いである。

 この後、向台老人ホームを後にして、モノレール、京王線で新宿へ戻った。そこで私は別れて別の用事に。およそ6時間の見学であった。建築のことなど何も知らない一般人が取材についていっていろいろ説明していただいてしまっていいのかという一日であった。前にマンションの管理組合としてお会いしたことがあるので、実は二回目なのだが。

 写真はなかなか難しい。もっといろいろな角度から撮っていいものを選べばいいのに、一枚撮って安心してしまうのである。遠くから撮ったり近くから撮ったりすべきであった。

 ちょうど今日、向台老人ホームのことが載っている松葉一清『ポスト・モダンの座標』(鹿島出版会/1987年)が古本屋から届いた。記事では、特に霊安室について詳しく紹介し、「わざわざ遠方から入所の希望を伝えに来る老婦人まで現れた」ことを記し、「その事実は、梵と工人集団の創作が、単に奇をてらったものではなく、一般の人たちに広く受け入れられる素地を持っていることの何よりの証明といってよいだろう」と結んでいる。

 しかし、ここは老人ホーム。当然のことながら写真に写っていない入居者たちの様子は、決して壁面に描かれた南の楽園に暮らす人々とは程遠いし、建築物の慈しみと安らぎに人々も満たされているかというとそうでもないという現実には厳しいものがあった。

Dec 27, 2012

梵先生の案内で梵寿綱巡り(11)

ポスト @ 23:27:04 | 梵寿綱

 向台老人ホームの中をさらに進む。いきなり二階へ上がって浴室へ。天井と壁の境目の過度に人の鼻や目があって、涙を流していたり鼻を垂らしていたりする。

 浴室の窓から向かい側の窓が見える。

 廊下はこんな感じ。上にあるステンドグラスの飾りは、部屋の位置を覚えるのに役立つのだという。番号だけで覚えるのは入居者には難しいことがあって、自分の部屋がどこだか判らなくなりがちだが、この絵で覚えていれば覚えやすいのだとか。

 ここは何だったか……さきほど浴室の窓から見えた反対側の窓である。

 そして、階段。まあ、見れば判るが。

 しかし、階段は降りずに二階をもう少し見て歩く。

Dec 26, 2012

梵先生の案内で梵寿綱巡り(10)

ポスト @ 23:44:01 | 梵寿綱

 中へ入っていきなり霊安室。最初にちょっと覗いて最後にまた入ったのだけど、写真はまとめて。このときは霊安室で洗い終わった洗濯物の整理をしていたので、遺体を置く台などの上に洗濯物がたくさん乗せてあったために、写真は上の方しかないのだ。

 霊安室の扉から。左の方に見えているのが梵先生の手だ。

 中に入って目に入るのは巨大な掌。

 遺体を安置する台も掌なのだが、洗濯物だらけなので撮影できず。後はただ、上の方を撮りまくるだけ。

 普通は霊安室を居室の近くに作るのは嫌がられるのだが、あえて近くに作ったという。また、死者との別れとなるとどうしても宗教的になりがちだが、特定の宗教と関連するようなことを示すわけにはいかないので、大きな手を使ったというようなことを仰有っていた。掌に穴が空いているのは自分にも判らないとのこと。空いてなくていいんじゃないかと云ったのだが、製作者の考えでは必要だったらしくてそうなったらしい。

 今日は霊安室だけ。