過去の日記
ジャクリーン・ケアリー『クシエルの矢3 森と狼の凍土』(和爾桃子訳/1000円+税/ハヤカワ文庫FT)[amazon.co.jp, bk1,
紀伊國屋書店,
Yahoo! Books]を読みながら出勤。思ひのほか捗らず、今日は150ページまで。まだ話は始まったばかり。
秋の読書週間のせゐか、読書に関する世論調査がいくつか報告されてゐる。毎年のやうに、本を読む人が減ったと報じられてゐる。本でなくても文字を読んでゐればいいとは思ふ。でも、本が売れないとちょっと困るといふ事情もあるのだけど、それはまた別の話。
毎日新聞の調査ではグーグル書籍データベース化に関する質問項目もあった。この頃、Google Booksに反対してみせるのが流行りのやうな感じになってゐないか。「6割「評価せず」」といふやうに、評価しないのが世の中の流れだと印象づけてゐるやうにも感じられるのだが、よくよく読んでみればここで「評価しない」は「反対」といふ意味ではなく「評価しない理由は「ネットや携帯で本を読むと目が疲れそう」が37%で最も多く、事業の内容よりインターネットで本を読むこと自体に否定的」といふやうに、まったく質問の意味と異なる答へが返ってきてゐる。これが求める答へだったら質問者は莫迦である。敢へてかういふ答へを排除せず「評価せず」の割合を高めてゐるのなら、質問者は狡猾である。「評価する理由は「書店や図書館に行かなくても読める」の41%がトップ」となってゐるが、Google Booksの検索で出てくる新しい本の大半は作品を読むことはできない。まるで、日本の作家たちの作品がいくらでも読まれてしまって大変だ! みたいな論調なのだが、みな勘違ひしてゐないか。あるいは、勘違ひするやうに仕向けられてゐないか。最初は、アメリカで入手不可能な本は全部絶版扱ひになりかけたが、今では修正されてゐるはづ。著作権のある作品を何でも読めるやうにしてしまってはゐない。全文を読まうと思ったら、やはり購入しなければならないのだ。検索しても結果は数行が表示されるだけだが、極端に短い作品だったら全部読めてしまふのではないかといふ問題は残ってゐる。短い詩とか、短歌、俳句といったものは、数行の検索結果表示で一作品が読めてしまふぢゃないかといふ指摘は尤もである。が、何百ページもある作品がどんどん読めてしまふわけではないのだ。本当に自分で使ってみて状況を理解したうへで、「本の売り上げが減って出版業が衰退するのではないか心配」と云ってゐるのかどうか甚だ疑問である。
私はそれなりに評価してゐる。一企業が勝手にスキャンしてといふ人もゐるが、他にやるところがなかったのだから、仕方がないではないか。本当は公的機関がやってくれればいいのだが、どの国もやってくれない。全文検索は、全文表示とは限らないのだから、それで売れ行きが落ちる理由は判らない。そして何より、日本人の45%もの人が、出版業の衰退や日本の作家の著作権のことを心配してゐるとはとても信じられないのだ。そんなに心配なら、日本人作家の本をもっと買って読めばいい。「1カ月に読む書籍は平均1.5冊で、「最低1冊は読む」人の割合が5割を切った」といふ状況を呈してゐる国の人々の意見であることが不思議な感じがする。
そんなこと考へてゐないで、もう寝よう。