過去の日記
アーサー・C・クラーク『メデューサとの出会い』(中村融編/1000円+税/ハヤカワ文庫SF)[amazon.co.jp, bk1,
楽天,
紀伊國屋書店,
Yahoo! Books]を読み終へる。小説最後の二篇は素晴らしい。孤独と絶望が清々しいほどである。しかし、「地球太陽面通過」で最後の曲に選んだのがバッハの「トッカータとフーガ ニ短調」といふところがわざとらしい。せめて「パッサカリアとフーガ」にすべきではないか。と、私の好みを云っても仕方がないのだが。でも、それだと最後まで聴けないから、所謂「小フーガ」あたりが手頃ではないかとか。
帰りの電車では、William Heaney The Memoirs of a Master Forger [Amazon.co.jp,
紀伊國屋]を読む。40ページまで。あまり読みやすくないやうな気がするが、まだ話は始まったばかりだから何とも云へない。
この頃、電車の中で咳をしようものなら殺されさうな目つきで睨み付けられる。咳をしないやうに心がけてゐる今日この頃である。
この頃、電車の中で鼾をかく人の音に悩まされて本が読めない朝が増えたやうな気がする。中学生の頃から電車で通学してゐたが、鼾で読書の邪魔をされたことなんかなかった。最近の人は疲れてゐるのだらうかと思ったものの、よくよく考へてみれば、昔は五時四〇分に家を出て、六時十分の電車に乗ったりはしなかったことに気がついた。早起きしすぎなのだらうか。
先日、朝の電車の中で本を読んでゐたら、これから急停車をするから気を付けてくれといふ放送が入ってから、電車が急停車した。この頃は急停車すると教へてくれるから親切である。尤も、放送がなくても、あの独特の「プシュー」といふブレーキの音がすると無意識のうちに吊革などに手を伸ばすやうになってゐるのだが。中学生の頃は黙って急停車するだけだった。ある朝、満員電車の中で重い鞄を両足の間に置いて立ってゐたら、不意に電車が急停車した。よろめいた私は両足の間にある荷物に足をとられて倒れてしまった。周囲の乗客の驚いたやうな目が突き刺さるやうに感じた。立ち上がるとまた身動きが取れないほどの圧力になる。なぜこんなところで倒れられたのか不思議なくらゐである。仕方がないので終点までそのまま乗っていった。学校に着いて友人にこの話をしたら、すぐに降りたんだらうなと云はれたので、満員だからそのまま終点まで乗ってゐたと答へたら驚愕された。恥づかしくなかったのか、普通降りるだらうと、そいつは叫んだ。そいつは友人といふほど親しいわけではなかった。当時、友人なんてゐなかったやうな気がする。
いづれにせよ、急停車で倒れた乗客は自分以外に見たことはない。