9月30日(月)

 朝4時から今日も早速幻想怪奇事典の翻訳だ、と張り切ってMacintosh Permorma6210を起動すると、タイプ10だかのFinder Errorとやらで起動できない。復旧に1時間ほどかかってしまう。最近、コンピュータに無駄な時間を取られることが多く、腹立たしいが、考えてみれば私が余計なことばかりするからだ。コンピュータ嫌いだった私が、こんなになってしまって全く情けない。


9月29日(日)

 今日からジャック・サリヴァン編 THE PENGUIN ENCYCLOPEDIA OF HORROR AND THE SUPERNATURALの担当分の翻訳を再開する。そういえば締切は昨年の八月末だったような気がする。カール・ジャコビを終え、デイヴィッド・H・ケラーへ。まだまだ先は長い。


9月28日(土)

 今日はOpen Transport/PPP 1.0f1c9をダウンロードしようと思ったが、1時間半で80%ほど来たところでエラーが出た。時間と電話代の大損だ。昼から出勤して職場で空いているFTPサイトを探して再度挑戦。するとあっさり成功。早速帰宅してインストールすると通信用ソフトはエラーを出さずに動くようになった。いろいろ悩んで随分時間の損をした。
 ジョン・クロウリー『ナイチンゲールは夜に歌う』(浅倉久志訳/早川書房/2200円)を頂く。中身は既に読んだものだが、装丁が綺麗な本で暫く表紙に見とれる。作品は些か難解である。
 ヴァーノン・リーの訳文の推敲を3時間ほど。


9月27日(金)

 寝坊して5時起床。朝からどうも気分が悪いが、とにかく『ハッカーと蟻』を読みながら出勤。
 Open Transportの1.1.1b8c7とOpen Transport/PPP 1.0f1c9が出たようなのでアップル社のFTPサイトから落とそうとするが、転送速度が極めて遅く、前者のみ成功。後者は途中でエラーがでて止まってしまうのだった。帰宅して早速インストールしたが、何とPPP接続は出来ている筈なのに、通信用ソフトはエラーが出て繋がらないのだ。余計なことをしなければよかった、と後悔しても後の祭。暫く悩んでいろいろやってみたが諦めて寝た。


9月26日(木)

 昨日の1時半起床はいくらなんでも早過ぎたのか、昨晩は頭痛が始まったので、8時過ぎには寝て、4時までぐっすり眠る。起きても今朝は何もする気にならないので、Cyberdog beta2をインストールしてみる。Cyberdogは削除するときには必ずインストーラを使えと書いてあるが、インストーラでは削除できないのはどう云う訳か。まだはっきりとは解らないが、どうやらメールの受送信ができるようになったようだ。Eudoraの住所録の読み込みが機能しないのが最大の欠点。
 角振さんという人から書店リンク集の頁の感想のメールを頂く。知らない人から感想を貰ったのはこれで2度目だ。直接来て感想を云ってくれた紀伊國屋書店九州営業部の人を入れれば3人目。書店を何軒か教えて貰ったので、これから早速見に行ってみることにする。
 SFマガジン12月号を受け取る。紀伊國屋書店からBOOKWEBの会員番号が届く。10月11日からの正式運用開始、だったと思う。眠いのでとりあえず寝る。


9月25日(水)

 「明日は早起きしてSFマガジンの12月号のファンタジイ評を書こう」と思って寝て、目が覚めたので早速原稿を書こうかと思ったらまだ11時半。明日にもなっていない。気を取り直してもう一度寝る。目が覚めたら、1時半。少し早いがまあいいやと思って原稿を書き始める。ピーター・モーウッド『火竜の高師』、井村君江『ケルト妖精学』、アラン・アルバーグ『ジャイアント・ベイビー』の3冊。3冊目のはおまけである。思いのほか早く書き終え、送信しようとした時、何だか短いなと思い字数を数え直してみると3枚分しか書いていなかった。慌てて、書き足す。早起きしていてよかった。4枚に収まったところで、早川書房へ送信。今日は、調子よくプロヴァイダへ繋がった。
 『ハッカーと蟻』を読みながら出勤。
 昼過ぎに突然紀伊國屋書店九州営業部の人から電話があり、医学部に用事があって来ているので、そちらに寄ってもいいかと云われる。??と思いながらも、どうぞと答え、暫くするとご本人が現れた。ホームページを拝見し大変本にお詳しいようで紀伊國屋BOOK/WEBにも申込頂いたとのことで・・と話が始まって、私のホームページを見て頂いたのはとても嬉しいのだが、この話は職場ではちょっとまずいのですね。いや、ちょっとではなく、とてもまずいのです。素気ない対応をして申し訳なかった、森山さん、とここで謝らなくても、e-mail addressの書いてある名刺を貰ったから直接送ればいいのだけれど。
 職場のPower Macintosh 7500/100のシステムを勝手に7.5.5にしてみる。今のところ正常に動いているようだ。


9月24日(火)

 SFマガジンの12月号のファンタジイ評を半分書く。また、異世界ファンタジイの悪口を書いてしまった。
 久しぶりにマイクル・カンデルPANDA RAYを読みながら出勤。早川書房へ"Cassandra Photographs"の作品解説を送信。
 ルーディ・ラッカー『ハッカーと蟻』(ハヤカワ文庫SF)を訳者謹呈で頂く。いつもいつも私のような者に、申し訳ない。
 私が使っているMacintoshのシステムが次第に和洋折衷の変なシステムと化してきたことはここ数日書いてきた通りだが、ふと気がつけばこうやって英語版のアップデータを使っていても、洋の部分はどんどん向上していくが、和の部分は全く変化しないではないか。愚かであった。早速、職場のMacintoshのシステムから日本語処理関連のファイルを失敬してきて、我が家に持ち帰る。勿論、これで驚くほど処理速度が驚くほど速くなったりはしない。


9月23日(月)

 "Cassandra Photographs"の作品解説を書き終え、早川書房に送信しようとしたら、プロヴァイダに繋がらない。今日は一日繋がらないので、本欄も更新できなかった。


9月22日(日)

 『火竜の高師』を読み終える。シリーズものを読むときは、いつものことだが、前巻の内容を殆ど覚えていないので状況がなかなか把握できず、苦労する。第1巻で感じた異様な雰囲気や重苦しい雰囲気は薄れ、ありふれた異世界ヒロイック・ファンタジイになってしまったように思えたが、結構楽しめる。
 アップルメニューオプションでサブメニューが表示されないというのは、どうしても納得できないので、最新版1.0.2を取り寄せ、今の1.0.1Jと入れ換える。再起動してみてもやはり駄目で、これまでと諦めかけたが、もしやと思いApple Menu Options Prefsを捨て、もう一度再起動してみると今度はサブメニューが出現した。やれば何とかなるものである。これで<最近使った項目>の表示が<Recent Items>に変り、私のシステムは次第に漢字Talk本来の姿から離れていくのであった。


9月21日(土)

 東京創元社よりピーター・モーウッド『火竜の高師』が届く。間に合って良かった。『ケルト妖精学』を読み終えた後、早速読み始める。
 書店で週刊朝日別冊<小説トリッパー>秋季号を買う。古本探しの旅「ミュンヘン、ウィーン篇」が冒頭にあり、我慢できなかった。どちらの町にも行ったことがあるが、古本屋には入れなかった。小さな新刊書店には入ったが。もう一度行きたくてたまらなくなった。でも、買っても読めないのだから、まあいいか。神田神保町の記事もあり、東京近郊に帰りたくなった。
 MacintoshのSystem7.5.5の配布が始まったと知り、早速インストールしてみる。勿論、漢字Talkのためのものではないので、私のPerforma6210にインストールすれば当然何らかの不都合は予想されるのだが、無謀にも敢行しまう。再起動するとやはり日本語は表示できず、機能拡張は全く読み込まれていない。システムフォルダを覗いてみれば、機能拡張の代りにExtensions、初期設定の代りにPreferencesなどのフォルダが出来ているので、日本語フォルダと英語フォルダが重複しているところは全部中身を英語フォルダに写し、再起動してみると、これがちゃんと日本語が表示されたのであった。
 7.5.5になったからcyberdogを使った後の終了時にフリーズすることはなくなったかなと思って使ってみたが、やはり駄目。それではと、Open Transport PPP 1.0f1c6をインストールしてFreePPPと入れ換えてみると、今度はちゃんと終了するではないか。これで、総て解決かと思ったが、ふと気が付くとアップルメニューオプションでサブメニューが表示しなくなっている。これは甚だ不便である。これは7.5.2から7.5.3になった時に解消されたバグの筈なので、一歩後退だ。更に、Control PPPというControl stripの部品が使えなくなってしまい、これにアップルメニューオプションでサブメニューが表示されないということも加わって、不便この上ない。
 何のためにこんなことをしたのだろう。そもそも7.5.5のいいところは、仮想メモリを使うときの速度が向上したとか、バックグラウンド機能使用時の安定性の向上だとか、私には殆ど関係のないところでのものばかり。唯一の向上は、Nisus Writer4.1Jを使うときに、妙な雑音がしなくなったことか。Open Transport PPP 1.0f1c6のおかげでCyberdogが使えるようになったかに見えたが、電子メールを送ろうとすると、原因不明のエラーで作業が完了できなかったと云われてしまう問題はまだ未解決だ。でも、将来7.5.6か何かが出たとき、7.5.3のままだとインストールできないかも知れないし、まだ実感できない利点があるのかも知れない。それにしてもコンピュータに時間を取られるととても損をしたような気分になる。多分、読みやすい本一冊読み終えられるだけに時間を使ってしまったようだ。
 長々とMacintoshのことを書いてしまい、少しだけ反省している。本のことを書かねば。


9月20日(金)

 朝、"Cassandra Photographs"の作品解説を3行書く。『ケルト妖精学』を読みながら出勤。
 このところヴァーノン・リーのことが頭から離れないので、WWWでヴァーノン・リーの本を置いている書店を捜そうとしていたら、LOCUS INDEXの頁が出てきた。1987年に刊行されたヴァーノン・リーの本が検索で引っかかったのだが、各アンソロジーに収録されている短篇は見つからなかったので、検索機能はまだ整っていないのだろうか。これが書籍版SCIENCE FICTION, FANTASY, & HORROR 19XXに収録されている情報を総て含んでいればもうあの重い6冊の本を手元に置いておく必要はなくなるのだ。後で、もう一度詳しく見てみよう。


9月19日(木)

 群馬県嬬恋村に住むS原Y子さんという人が主に知人に配っているコピー印刷誌<へるらいど>の原稿を書き郵送。日常の細事を書いた4枚弱の短いものだが、1時間で書き終え、印刷し、封筒に入れて郵送準備までできるとは私にしては驚異的な速さだ。それでも締切を過ぎているので、間に合わないかも知れない。この篠原一家は一月まで神奈川県に住んでいたのだが、突如、嬬恋村に引っ越して、農業を始めてしまったという変わった夫婦だ。
 井村君江『ケルト妖精学』を読みながら出勤。
 帰宅すると今朝原稿を送った先の篠原陽子さんから、原稿督促の葉書が来ていた。電話が通じないとも書いてあった。番号変更の連絡をしていなかった。申し訳ない。
 東京創元社から本が届いたので、ピーター・モーウッドがもう来たかと喜び、開封してみたら、H・G・ウェルズ『モロー博士の島<完全版>』だった。これも勿論、嬉しいが、モーウッドが早くこないとちょっと困るのである。


9月18日(水)

 朝4時頃、ヴァーノン・リー「聖エウダエモンとオレンジの樹」の訳稿をアンソロジー編纂者の西崎憲氏に送信する。
 アラン・アルバーグ『ジャイアント・ベイビー』を読み終える。読み終えてみても児童書だ。一昔前のイギリスの子供の生活がほのぼのとした味わいだが、それだけでは物足りない。
 西崎氏よりもう返事。不自然な表現の指摘など。西崎氏担当分も順調に進んでいる由。他の人はどうなのだろう。とにかく、私の担当分は終了間近。


9月17日(火)

 リサ・ゴールドスタイン"Cassandra Photographs"の作品解説を5行書く。1時間で5行とは我ながら驚くほどの遅さである。後35行で終わりだ。
 カンデルは暫くお休みで、アラン・アルバーグ『ジャイアント・ベイビー』を読みながら出勤。やはり子供の本だ。
 大学生協で<エンデ全集3>『モモ』(岩波書店・2800円)と椎名誠『自走式漂流記』(新潮文庫・980円)を購入。エンデは説教臭いような気がして今まで殆ど読んでいなかったのだが、これを機会にそういう先入観を捨てて買い揃え読んでみようと思ったのだ。考えてみれば、私が説教臭いと思ったのはエンデの文章ではなく、エンデについて語っている評論家・書評家たちの文章だったのだから。しかし、読む時間があるのだろうか。椎名誠も読めるかどうか・・・。
 紀伊國屋書店パーソナルセール部からBOOK/WEB会員入会申込書が来る。早速、申込書を書く。


9月16日(月)

 家族3人で近所の山に登る。軽い散歩コースといった程度のところである。でも、時折すれ違う人たちは如何にも山登りと云った格好である。何もそこまでしなくてもと私は思うのだが、日頃運動をしない私は運動靴を持っていないので、日頃通勤に履いている革靴で登ってしまい、些か場違いな男となっているのだった。
 昼から近所の書店に家族3人で行く。『金魚[飼い方・育て方]』白石光(西東社・1200円)を購入。妻は警戒の眼差しでその本を睨んでいる。蒐めるのは本だけにしてくれと繰り返し云う。


9月15日(日)

 昨日、今日でヴァーノン・リーの"St. Eudaemon and his Orange-Tree"の翻訳がほぼ終わる。27枚に3カ月もかかるとは。


9月14日(土)

 SF情報誌LOCUS9月号着。10日に註文したジョーン・エイキンのTHE COCKATRICE BOYSの書評が載っている。どこかで書評を読んだような気がしたのだが、どこでだったのだろうか。
 昨日、貰ってしまった娘の金魚のための水槽、水草などを買いに行く。実は私は幼い頃、金魚マニアだったのだ。ここは一つ立派な水槽を買って帰ろうではないかと提案してみるが、妻の強硬な反対にあう。娘はどうでもいいようである。小さな和金二匹では寂しいので、ここはらんちゅう(漢字が見つからない、魚偏に蘭と魚偏に寿なのだが)の一匹でも買おうではないかと提案し、再び強い反対にあう。仕方がないので、目高を4匹。些か情けない。


9月13日(金)

 2時に起きて、あと30分寝ようと思い、目覚めたときには4時20分になっていたというのはよくある話。ヴァーノン・リーの翻訳。そして今日もカンデルPANDA RAYを読みながら出勤。
 夜、放生会に行く。辞書には<ほうじょうえ>と出ているが、この辺りでは<ほうじょうや>と呼ぶようだ。福岡には昔から子供がどうしてどうしてとうるさいときに「なしもかきも放生会」という言葉があるそうだ。博多弁で<何故>を<なし>と云うからだそうだが、だからどういうことなのかというとよく解らない。とにかく、夥しい数の露店・屋台店が出る。その夥しい露店に混じって、古本市があるのだ。ちょっと覗いてみるが、大したものはなさそう。娘が一緒なのでじっくり見る時間はない。滅多にものを買ってもらえない娘は何を要求したらいいのかよく解らない様子である。中心の広い通りは穏やかな店ばかりだが、脇の奥の方には結構怪し気なものが多いそうだ。流石に近頃は奇形の見せ物小屋はなくなったらしい。娘は生まれて初めて金魚掬いをするが、一匹も捕れない。優しい店のお姉さんに2匹貰ってしまう。


9月12日(木)

 2時40分起床。ヴァーノン・リーの翻訳。そして今日もカンデルPANDA RAYを読みながら出勤。


9月11日(水)

 時間を確認せずに起きてみると2時40分だった。早起きした日は早速翻訳だと思ったが、暫くは眼がごろごろして開けられないし、口の中も乾いて気持ちが悪い。口の中を洗ったりして、一時間ほど躰が目覚めるまでだらだら過ごしてしまう。私が早起きだと云うと、目覚めたときから気分爽快で一日の活動を開始すると思われがちだが、大抵起きてから1時間は殆ど何も出来ない。だから、4時半に起きてコンピュータの前に坐ったところで、30分で2〜3行しか原稿が書けないのは当然なのである。


9月10日(火)

 朝3時40分に起きることが出来たので、Weinberg Booksに註文。今回もホジスンは諦める。
ロバート・エイクマン THE WINE DARK SEA (Mandarin/$6.00)
ジョーン・エイキン THE COCKATRICE BOYS (Tor/$20.95)
パトリシア・マキリップ THE BOOK OF ATRIX WOLFE (Ace/$6.00)
ショーン・スチュアート CLOUD'S END ($13.95)
以上の4冊のみである。念のため買う本、といった感じのものばかりだ。エイクマンのは今月の新刊ではなく、6年前にイギリスで出た本である。何故、今月カタログに載っているのかはよく解らない。エイキンとマキリップはLOCUSかなにかで書評を読んだような記憶が微かにある。CLOUD'S ENDもだ。そういう微かな記憶だけの理由で本を買うのは不必要な書物の購入に繋がるので止めたほうがいいのは解っているが、いちいち調べている時間もない。後で欲しくなったときに買えない場合の方が不愉快さは数百倍も大きいので致し方あるまい。


9月9日(月)

 朝、起きると5時半だった。寝坊である。家を出ようとすると、突然の激しい雨。後、30分早く起きていればと悔やみながら、駅まで十分歩くともう膝から下はびしょ濡れである。風も強く、駅のホームで電車を待ちながらカンデルを読むことも出来ない。しかも、朝二番の電車の人の多い車両に乗ってしまい、中でも本を読めなかった。職場に着くと雨はあがり雲の切れ間から陽がさし始める。朝寝坊をすると損をするということである。


9月8日(日)

 朝、起きると当然躰全体が筋肉痛である。
 Open DocとCyber Dogという奴をインストールしてみる。何がいいのか今一つよく解らない。e-mailを送ろうとすると、<原因不明のエラー>が出るのだが、それでも送信はされているようである。WWWでも使用してみるが、慣れないのでどうも勝手が解らない。やがて、CyberDog使用後にシステム終了をするとき、フリーズすることが多いことに気がつき使用を止めることにする。
 SFマガジン12月号に載る予定のリサ・ゴールドスタイン"Cassandra Photographs"を読む。以前、読んだことはあるのだが、内容はすっかり忘れていた。なかなかいい話である。二枚ほどの作品解説を書く予定。


9月7日(土)

 朝から公務員住宅の草取り。2時間半ほどかかる。手が疲れ、本を持ち頁をめくったり、コンピュータを使おうと打鍵するにも困難を覚え、甚だ迷惑な行事である。それでも、何とかVernon Leeを2枚ほど訳す。
 昼から出勤


9月6日(金)

 紀伊國屋書店営業企画部の人からメールを貰い、オンラインで和書と洋書の検索・註文ができるようになったと知る。早速、覗きに行くが、エラーが頻出し(紀伊國屋書店の問題ではなく、こちらの具合が悪いのだ)あまり詳しく見て回れない。取りあえず、会員登録をしてみる。キーワードで検索する機能と同時に、新刊書を分野別に見ることが出来るページなどもある。<朝顔>というキーワードで検索したら7冊出てきた。これは他店にくらべて圧倒的に多い冊数である。洋書も検索してみたが、私は欧米の本は直接本国から買いたいので使うことはないかも知れない。以前、紀伊國屋書店に洋書を註文したことがあるのだが、結構早く届き、値段も高すぎず、なかなかいいとその時は思った。たまにしか買わない人には便利かも知れない。日本語で問い合わせもできることだし。


9月5日(木)

 朝起きたら、5時半だった。寝坊である。寝る時間をどんどん早くしているのに、起きる時間が遅くなっていくのはどういう訳か。当然、何もする時間もなく、カンデルを読みながら出勤。
 Weinberg Booksよりカタログ。ホジスンの本がまたでていた。一冊、30ドル。前に迷った末に購入を断念したものと合わせて60ドルだ。迷うところである。買っても絶対読まないという自信はあるのだが。


9月4日(水)

 朝起きたら、5時だった。何もする時間がなく、カンデルを読みながら出勤。


9月3日(火)

 久しぶりにVernon Leeを訳す。5行ほど進む。こんな調子では締切に間に合わない。カンデルを読みながら出勤。
 この私のホームページの最初のページには、各欄の更新日を記してあるのはご存じだと思うが、<私がどんな本をどの書店から購入し、そして手にとって読んだか (9/03)>の(9/03)を(9/3)と書くと、何故か、プロヴァイダにファイルをうまく転送できないのである。前から、どうも月始めにはいつもファイル転送が完了せず、途中で中断すると一文字だけ字が化けて(9/3の箇所ではなく、全く別の字である)表示されるので、変だとは思っていたのだ。どうでもいいが、不思議な話だ。どうしてなのか私には皆目見当もつかない。
 不思議だと思いながら漫然とSF関係のホームページを見て回っていたら、SFマガジン編集長が替わったことを知り、驚く。
 帰宅途中で書店に寄り、井村君江『ケルト妖精学』(講談社学術文庫・1200円)と久世光彦『ニホンゴキトク』(講談社・1600円)を買って帰る。『ケルト妖精学』は以前、1988年に新書館から出た『妖精の系譜』を底本としているそうだが、『妖精の系譜』が手元にないので、どれほど違いがあるのかが解らない。『ニホンゴキトク』はいい日本語が失われていくということを嘆く本である。近頃、こういう本が多いような気がするが、売れているのだろうか。ただ題名はあまりいいとは思えない。だが、こういう本は、古い物好きの私には抗い難い魅力を持って迫ってくるのだ。


9月2日(月)

 今日からマイクル・カンデルのPANDA RAYを読む。初日は5頁しか進まなかった。
 早川書房へ電話したら今月発行予定の文庫FTは九月刊行に間に合わないかも知れないと云われる。SFマガジンで紹介する本が足りなくなってしまう恐れが出てきて、少々慌て、帰宅途中で、アラン・アルバーグ『ジャイアント・ベイビー』(井辻朱美訳・講談社・1400円)を買って帰る。聞いたこともない作家の本である。題名通り巨大な赤ん坊の話だ。一般の翻訳書の棚にあったが、どこから見ても子供向けの本。何もないよりはましであろう。意外に傑作だったりしたら、得した気分になれる訳だ。
 帰宅するとFANTASY CENTREから小包が届いていた。アルジャナン・ブラックウッドTHE MAGIC MIRRORは1989年に出たマイク・アシュレイ編の作品集。Ash-Tree Pressの本が二冊。David G. Rowlandsという作家の怪奇小説集THE EXECUTOR AND OTHER GHOST STORIESとHugh LambのFORGOTTEN GHOSTSである。David G. Rowlandsなどという作家は聞いたことがない。1940年生まれの作家だそうだ。これまでこの出版社の短篇集は古い作家のものが殆どだったのでこんな新しい作家の本だとは思いもしなかった。これは些か損をしたかも知れない。もう一冊の方は、これもまた変なもので、Hugh Lambが編んだアンソロジーから五篇を収録した僅か67頁のペーパーバックだ。何とも中途半端なものだが、Hugh Lamb編のアンソロジー一覧表などがあるので、それなりに役にはたちそう。とにかく作品一覧などが付いていると、何だか損をしたような気にはならないから不思議なものだ。


9月1日(日)

 ゴールドスタインのWALKING THE LABYRINTHをやっと読み終える。学会中に読み終えることは出来なかったが、1週間で終わったのでまあいいのではなかろうか。前作と前々作が歴史ファンタジイと異世界ファンタジイだったのだが、今回は現代のアメリカとイギリスが中心。主人公の4代前まで遡って話は進行するので、19世紀末のイギリスから大恐慌の時代のアメリカなども舞台とはなっている。ゴールドスタインは主人公を現代人にした時の方がいい。特に前作SUMMER KING, WINTER FOOL(この題名は間違えているかも知れない)は迫力のない嘘っぽい話になってしまっていたような気がする。やはりゴールドスタインは現代人の日常生活に魔術が巧みに織り込まれてくる時に、最も才能を発揮できるのではなかろうか。内容はどこか別の欄で紹介したい。


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